平行時空冒険譚:確率都市 〜The Axis Hoppers〜

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第一章(2)

 何がなんだか訳は分からないけど、とりあえず安全な場所に移ったってことだけは、あたしにも理解できた。
 ……借りた服が控えめに言ってもちょびっとどころでなく男くさいとか(洗濯はしてあるみたいだけど)、あたしらを運んでくれた自動車のスプリングが悪くてお尻が余計痛くなったとか、そういうことは気にしないことにして、あたしは着替えて出てきた雅之氏を見上げた。

 多分、あたしも茜と同じ、ジト目になってたはず。

 「そんなに睨むなよ、二人とも」
 軍服の上着の前をはだけて、ワイシャツの第一ボタンも外したまま、雅之氏がおどけた調子で言った。
 「どういう事か、説明してくれますよね」
 あの、奇妙な夢の中で出会った中尉さん。最後の力を振り絞ってあたしを庇ってくれた人と、今の雅之氏はまったく同じ人に見えた。
 というか、同じ人なんだろうけど。メタルフレームの伊達眼鏡を外して、髪の毛を昔っぽく撫で付けると、あの御舘中尉そのものだった。
 「んー。亜紀君の場合、夢だと思っていた事がすべて現実に起きた事だった、というだけだよ」

 ……どーゆーことよ、それ。
 それにそもそも、ここはどこ?

 「そうだなあ……多少語弊はあるが、平行宇宙の一つかな」

 へーこーうちゅうぅ?

 ……愛想の無い異次元ってとこかもしれない。見た感じ、魔法は使えそうにないし。
 そう言うと雅之氏は苦笑ぎみに、そんな感じだと思っていればいいよ、と言った。
 「大きな違いと言えば、君が育った日本には軍隊もないし、大日本帝国もないだろう。ここはまだそれが残っているんだ。技術その他も戦前レベルだし、殺伐としていない戦前って感じかな」
 それでその軍服かあ。あたしは映画以外で見たいと思わないんですけど。
 それに戦前って事は、トッコーケーサツってのもここにはあったりするわけ?……やだなあ。十分に殺伐としてますって。
 「いいや。別の歴史を歩んでいるからね、それはないよ」
 と、雅之氏はくつろいだ格好で椅子に腰を下ろしながら言った。
 「そもそも現在の大日本帝国は、侵略を防ぐので手一杯だ」
 ドアから入ってきた軍服を着た人が、そう付け加えてくれた。
 雅之氏と同じくらいの年齢、つまり二十代後半か三十そこそこの、若いオジサン。日本人にしてはかなり濃い顔立ちの、目つきの鋭い人が
 「木村亜紀君、だったね。そっちが御舘茜君かな?」
 そう、聞いてきた。

 そうですけど、どっかで会ったんでしたっけ?

 ついそう言ってしまうと、その人はにやっと笑った。
 「そういえば自己紹介がまだだったな。私は横田榮、ここの兵部省傘下の特務機関に勤務する陸軍少佐だ」
 「ひょうぶしょう、ですか?」
 「我々で言うなら、防衛庁かな。組織としては、アメリカの国防省に良く似ているよ」
 と、これは雅之氏。
 「ただし、彼らほどの人員も予算もなければ技術もないがね」
 と、横田少佐が付け加えた。
 「言っていて悲しくなりませんか、横田さん」
 雅之氏の言葉は、半ば以上ぼやいているように聞こえた。
 「ないない尽くしは昔からだ、諦めろ。だから我々が出張ったんだろうが」
 「あの、雅之氏……御舘中尉も、ここの人なんですか?」
 茜のお兄さんって事はとうぜん、あたしらと同じ日本人だよね?それが平行宇宙ってところで軍人やってるのは、なんか納得いかない。
 「ああ、御舘も私も、本業は時空監視局保安部の人間だ」

 横田さんの説明じゃ、よく判りません。

 「なにしてるんですか、それって」
 「簡単に言っちゃうと、平行宇宙警察ってこと」
 説明してくれたのは茜だったけど、これを聞いて横田さんと雅之氏はそろって苦笑した。
 「そんな俗称もあるな」
 と、横田さん。
 「ダサい呼び方だから、私は好かないんだけどね」
 これは雅之氏。それに茜が
 「えー、でもさ、これが一番判りやすいでしょ?」
 そう返していた。
 「そりゃあそうだけどね、なんだか子供番組のヒーローみたいだ」
 「だいじょぶ、兄貴はどう頑張ってもアンチヒーロー以外になれないから」
 「心温まる褒め言葉をどうもありがとう」
 雅之氏が片方の眉だけを器用に上げて、皮肉っぽく言った。

……やっぱりこの二人って、兄妹だ。顔はぜんぜん似てないけど、性格が同じ。

 「漫才は横におくとして、茜君と木村君には事情を聞かせてもらう」
 茜と雅之氏のやりとりをさくっと無視した横田さんは、兄妹漫才に慣れてるっぽかった。
 「事情聴取ですか?」
 茜が首をかしげるのに、
 「事務上の手続きで、必要になる」
 と、横田さんはかなり事務的に言った。
 「それと、ここに来た子はもう一人いると聞いたんだが」
 確かにもう一人いるけど、その晴香はここにいない。ここに来るまで、晴香はずっと青い顔したまま、黙り込んでたから。女性職員の人が、どこかに連れて行ってくれたんだった。
 「鈴木晴香君なら、救護室で休ませてあります」
 そう、雅之氏が答えていた。


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