平行時空冒険譚:確率都市 〜The Axis Hoppers〜

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第二章(1)

 なんで雅之氏が笑っていたのか、現物を見てよ〜く理解できた。

 「……なんですか、これ」
 「これを計算機にかけるんですよ。番号順に指令が入ってまして、大きな計算だと何千枚かになります」
 なんか腰の低い男の人がそう解説してくれたけど、良く判らなかった。

 とりあえず、パノラマ版写真くらいの大きさの、穴の空いたケント紙のカードを番号順に並べる。話だけ聞くと簡単そうだけど、三千枚もあるんだからけっこう手間がかかる。
 隣の部屋にはカタカタ音を立てている機械があって、それがここの計算機だと言う事だった。番号順に並べた紙を、その機械にかけるんだって。それで計算できるって、どういうことだろう。
 首を傾げていたら、茜が説明してくれた。
 「ほら、この紙に穴が空いてるでしょ?これが記号になってて、何枚も組み合わせるとプログラムになったりデータになったりするわけ」

 ……プログラム?紙で?うーん、良くわかんない。
 とりあえず番号順に並べればいいんだよね。ばらけたらやり直しだから、注意しないといけない。

 「なんかめんどくさいね〜」
 キーボード叩いてなにか文字を書いていけばいい、っていうのがプログラムじゃないんだろうか。
 「並べ替えなくていい、紙テープって言うのもあるらしいよ」
 「そっちの方が、楽じゃない?」
 「でも、紙テープって千切れるんだよね」

 なんで知ってるんだろ、茜。

 「ちぎれたら、どうすんの?」
 「繋いで使えるようなら、繋ぐんですよ」
 これは二十歳くらいの女の人が答えてくれた。
 一応、兵部省の施設だというここには、軍隊って言うイメージからは想像付かないけど、女の人も多かった。この計算機室にいるのはほとんど女性だし。
 あたしら位の年の人も多い。学校とか行かないんだろうか、と思ったら、一七くらいで女学校(うわ〜)は終わっちゃうんだとか。
 室長さんと言うのも女の人で、道代さんと呼ばれていた。この人は二三くらい。副室長もやっぱり女性で、清乃さんと呼ばれている。ちょっと清乃さんの方が年上に見えたけど、単に痩せているからそう見えるだけかもしれない。

 それにしてもこの清乃さん、無敵っぽい感じがする。無駄にここで時間を潰したがる軍服を着た男の人たちを、清乃さんは鮮やかに追い出していた。
 「ほぉら、早く戻って下さいな!!山中さん、パンチカードならべは自分のところでやってください。…あ、横井曹長。それは後回しにしてくださいな」
 「でも大越さん、結果を早く出せって小出博士がうるさいんですよ」
 「卓上計算機を購入されたと伺っておりますよ?」
 「そんなあ」
 横井曹長と呼ばれた結構若い人が、情けない声を出した。
 「とりあえず預かっておきますから、卓上でも試して見て下さいな。順番が来る前に終わるかも知れませんでしょう?」

 ニコヤカに言い切って追い出すあたり、テクニックを感じる。

 あとでお茶の時間にそう話したら、オペレータの美津江さんという女の子(年はあたしらと同じ十七だった)が笑い転げていた。
 「清乃お姉様はそういう方よ」
 「かなり迫力もある方ですものねえ」
 と、これは道代さん。
 「わたくしでは、とても真似の出来ない事ですわ」
 ものすごくおっとりした、いい所のお嬢様っぽい道代さん。この人じゃあ、どうやっても清乃さんの真似は絶対できないと思う。

 もっとも、そういう道代さんだからこそ、横田さん達も晴香からの事情聴取に立ち会わせたんだろう。
 はっきり言って晴香はまだ、落ち着いて話が出来る状態ではなかった。

 だというのに、横田さんは晴香を犯人扱いしていた。

 なにしろ、
 「言っておくが、処罰される事を知らなかったというのは理由にならないぞ。遠山道治の共犯者として処罰の対象になる」
 最初っからこの調子。なんかひどいんじゃないの?
 「知らないって言ってんじゃないのよ!」
 ベッドの上でぺたっと座ったまま、晴香は泣いていた。
 「なんであたしがこんな目に会うの?」
 「決まっている。遠山に協力していたからだ」
 「協力って何よ、知んないよ!」
 「時空犯罪への荷担は処罰が厳しいぞ。ここの法律に従えば、君は死刑になる可能性もある」
 決め付け過ぎなんじゃないの?と思ってあたしが文句を言おうとした時、
 「ちょっと横田さん!」
 さすがに茜が割って入った。
 「晴香が遠山って人の共犯者だって証拠なんて、挙がってないでしょ。言い過ぎです!」
 「証拠?君達がここにいる」
 「だからって晴香が関わった事にはなりません」
 「亜紀君が二回も巻き込まれたのが、偶然か?」

 なんで、そこであたしが出てくるわけ?

 「彼女はただの民間人だ。それが二回もこちらに直接、飛んで来ている。いくらなんでも異常だ」
 「……ダイレクト・ジャンプ?」
 茜が一瞬、不思議そうな顔になった。
 「そうだ。同じ時間線から二度、同じ人物。しかも彼女はピボットファインダーで、近くには遠山に近い人間がいた。この状態で、鈴木君が遠山に何らかの形で協力していた可能性は否定できない」
 「だからって犯人扱いする事はないです」

 がんばれ、茜。なんか感じ悪いおじさんだし、遠慮は要らないよね。

 「重要参考人だ」
 「ただ利用されたんだと思います」
 「思うのは自由だな。証拠がない」
 「それこそ証拠が無いのに、疑うのは問題ありです。それに、彼氏に裏切られたばっかりの女の子なんですよ?ちょっとは考えてあげられないんですか?」
 「任務に情をはさむ趣味は無いからな」

 なんかやな感じ。

 「じゃ、証拠が無いってことだけにします。勝手に犯人って決めつけるの、人権侵害じゃないんですか」
 茜はまっすぐに横田さんの目を見ていて、横田さんも茜の視線を受け止めていたけど、しばらく黙っていた後で軽く肩をすくめた。
 そして、話を書きとめていた背広の人に記録を止めるように言うと、
 「相田さん、この場はおねがいします。茜君、木村君、二人はこっちへ来てくれ」
 そういって、別室に連れ出された。

 もう一つの、なんかがらんとした部屋。物はいっぱい置いてあるけど、人はいないそこで椅子に座れと言われた。
 「言っときますけど、あたし、謝りませんから」
 座った直後に、茜がそう言った。
 横田さんを怒らせたらまずそうだけど、大丈夫かな。あたしは心配になったけど、それまで無表情だった横田さんが苦笑し、うなずいた。
 「そう言うと思ったよ。さすがに親父さんの子だな」

 ……えーっと、話が飛びすぎてて良く判らない。そういえば茜の親って、外国にいるって話だったけど……

 「御母堂の事は知らないが、茜君達のお父上は我々の大先輩だったよ。すでに殉職されたが」
 わけが判らなくなって首をひねっていたら、横田さんが説明してくれた。
 「こうなったら、亜紀君にも少し話しておいた方が良いと思うんだが、構わないかな?」
 なんか訳ありらしい。気遣うように横田さんが聞いたのに、茜は
 「……はい」
 あまり気乗りしないようにうなずいた。
 「ありがとう。……亜紀君、不思議に思った事はないか?」

 何が?っていうか、全部わけがわからないんですけど。

 そもそも平行宇宙って何?って感じだし、その平行宇宙で軍人やってる雅之氏っていうのもかなり謎だし。
 「その御舘君の事だよ」
 たしかに、変だよね。茜の前で言う事じゃないけど。
 「亜紀から見るとやっぱり変だろうと思うし、あたしは別に構わないよ」
 納得してどうすんのよ、茜。兄妹でしょうが。
 「ふむ、ではその『変』な理由だよ」
 平行宇宙警察の、ええと、観測官とか言ってたっけ。ここの軍隊の人でもなく、別の平行宇宙で働いてる人らしい、ってことは判ったけど、それって普通の就職先じゃないような気がする。
 「お仕事、何してるんですか?」
 良く判らないから聞くことにした。
 「平たく言えば、時間線……平行宇宙間の侵略を防いだり、よその時間線に逃げ込んだ犯罪者を捕まえたり、密輸を監視したりする組織だ。御舘も私もそこに籍を置いている。御舘のように、親子二代で関わる例は少ないが」
 じゃあ、茜のお父さんも雅之氏と同じような事をやってるんだ。

 でも殉職とか言ってたけど、それって……

 「亡くなられたんだよ」
 最後までは口に出せなかった質問に、横田さんが答えた。
 「優秀な方だったが、テロリストの攻撃から民間人を庇って、殉職された」
 「え……」
 私は思わず、茜を見た。
 「まあ、あたしはその辺の事、良く覚えてないけどね」
 肩をすくめた茜の頭を、横田さんが軽くぽんぽんと叩いた。
 「君の記憶は、いじったんだよ。なにしろ子供達の目の前で亡くなったものでね、特に茜君は幼かったから、記憶の一部を消したんだ」
 「それって、大丈夫なんですか?」
 子供の脳をいじったって事だろうか。大丈夫なのかな。
 「安全な方法があるし、茜君は小さすぎたから、覚えていると精神的な影響が大きすぎると判断された。御舘は十五歳を過ぎていたから、本人の意思が優先されたがね」
 「でも時々、フラッシュバックが来てるみたいですよ。うちの兄」
 「それはそうだろう。自分の友達だと思っていた奴が、いきなりテロリストの本性をむき出しにして、自分の親や他の人間を惨殺したんだ。それを見ても平然としていられるようなら、その方がよほどおかしい」

 ……なんか、空気が重い。

 「とにかく、我々も御舘捜査官の一件から、手痛い教訓を学んだというわけだな。一見無害な被害者に見える人物でも、それが共犯者である可能性は見落とすな、ということだ」
 横田さんは言って、あたしと茜を見ていた。なんとなく、その視線が重くてあたしはうつむいたけど、
 「でも、晴香がそうである可能性、低いですよ?」
 そう、茜は反論していた。
 「低い、か。疑っては、いるんだな?」
 「可能性がゼロじゃないって事は、否定しません」
 小さい声だけど、茜はそう言った。……けっこうショック。
 「……それって、冷たくない?」
 あたしが言ったら、
 「子供たちの目の前で御舘捜査官を殺したのも、一七の少年だったよ。御舘の友人として接近してきた奴だった」
 「……それ、どういうことですか」

 友達だったって。どゆこと?

 「年の若いテロリストが、捜査官の身近な者をターゲットにしたというわけだな」
 最後に自爆する直前まで、奴は普通の学生を装っていたよ。そんなことを、横田さんは冷めた口ぶりで言った。
 「今後もそれと同じ事が起こらないとは限らないし、実際にそんな事件は起きている。だから鈴木君が若いことも、君たちの友人であることも、関係ない。遠山の影響下にある人間として、どこまで何をしているか。今はそれだけが重要だ」
 あたしは何も答えられなかったけど、茜は
 「……なにも、してないかも。ちがいますか」
 そう、ぽつっと言った。

 「私も、そうあって貰いたいと思う」

 え?
 思わず横田さんの顔を見上げたら、表情は全然変わってなかった。相変らず厳しい。
 「だが、私の仕事は疑ったら調べることだ。根拠の無い望みにしがみついて、君たちや他の人を危険に晒す事ではない」
 場の空気が激重状態になったところで、静かにドアがノックされた。
 それに横田さんが答え、そっと入って来たのは道代さんだった。
 「落ち着きましたか」
 まずそう言ったのは、横田さんだった。
 「ええ、いくらかは。それにしても、ひどい事をなさいますのね?婦女子にはもう少し、お手柔らかに願いますわ」
 道代さんはそう言いながら横田さんを睨んだが、怒っているようではなかった。
 「これも任務です」
 「それにしたって、相手は女の子ですのよ?悪役を演じられるのは結構ですけど、あれではやり過ぎではありません?」
 「あなたが善玉役をこなしてくれるのは分かっていましたからね。私はせいぜい、怨まれておきますよ。その方が、彼女も貴女にいろいろ話すでしょうから」
 「そういう問題ではないと思いますけれど?」
 「私にどうしろと?」
 「仕方のない方ですこと」
 道代さんはそれ以上、横田さんを責めなかった。


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