空想冒険小説処「仮の宿」>>創作小説部門>>平行時空冒険譚『確率都市』
その日はなんとなく、ばたばたした気分で始まった。
相田さんの家のでお世話になった人たちに挨拶して、研究所に移動。
晴香の移動には、看護師の和田さんが付き添ってくれた。
晴香はまだ半分くらい放心状態だけど、動かしていいんだろうか。
斎藤先生は移動に反対してたみたいだけど、研究所で晴香を預かってくれたのは軍医さんではなくて、監視局のお医者さんだと言う女の人だった。
男の人じゃないので、斎藤先生や和田さんもほっとしていた。
今の晴香を、男の人に預けるのは無理。女同士のほうがいいから、という配慮でこうなった、とその女医さんは説明してくれた。
「じゃあ、晴香は入院?」
そう聞いたら、
「彼女の時間で、一ヶ月くらいはね」
一見すると日本人に見える女医さんは(でも、名前を聞いたらカタカナ名前だった)、そう教えてくれた。
それからひそひそ声になって、
「ああ、それからね。彼女はこっちで保護して治療するんだけど、他の人に聞かれたら、事情聴取前の処置があるから入院させられた、って言っておいてね」
と、付け足した。
それ、本当は被害者として扱ってくれる、って意味だろうか。
「そういう事ね」
確認してみたら、女医さんはそう言って、にこっと笑った。
「ほら、監視局もお役所でしょ?五月蝿い人もいるから、建前って重要なのよ」
事情聴取って言う言葉は、建前のためのものだって。
なんだか面倒くさい話っぽいけど、それって。
「えっと、五月蝿くない人もいて、保護してくれるって事ですか?」
「そんなところね」
本当は、有無を言わさず事情聴取のあと、記憶抹消処理になる。そう説明してくれた女医さんは、
「それだと後遺症が残ることもあるから、監視局の痕跡抹消のために治療が必要、っていうのが表向きの申請理由よ」
と言ってから、くすくす笑った。
「なにか、あるんですか?」
なんかものすごく楽しそうなんですけど。
「担当者の本音は全然別なのよね。気の毒だからなんとか助けてやってくれ、ってところでしょ」
この件の担当者って、雅之氏と横田さんの二人。
そのどっちかが頼んだって事になるんだろうか。
「その通りよ」
「雅之氏が頼んでくれたんですね」
微妙に態度とか冷たかったけど、茜の友達だし、やっぱり気にしてくれたんだ。
でも、そこまで笑わなくていいと思うんですけど。
と思ってたら、女医さんは笑顔で首を横に振った。
「……え?って、まさか」
残る担当者って、一人しかいないですけど??
「そのまさかよ」
「えーうそっ、ありえないしっ」
あのいっつも怖い顔の横田さんが!?
「みんな、最初はこういう反応するのよねー」
と女医さんは言ってたけど、しない方がおかしいと思います。
だって、あの横田さんだし。
「サカエをからかいたかったら、絶好のネタだから。覚えておくと良いかもね」
……なんか微妙に、横田さんが気の毒になったかもしれない。
気が付いたら、途中からその場に来てたらしい雅之氏が、離れたところで苦笑していた。
「サーラ、少しは手加減してやってくれないかなあ」
「誤解を解いてるだけよ。そういえば、サカエはどこ?」
「君が来ると聞いて、仕事に逃げてたねえ」
「相変わらずヘタレなんだから」
「いじられると判ってて、餌食になりに来るわけないって」
とりあえず、聞かなかったことにするのが正しいような気がする。
「冗談は置くとして。フィルティサーラ医務官に被疑者一名をお預けします」
「被疑者一名、保護および治療のためお預かりします」
女医さんと雅之氏が敬礼して、そうお互いに言葉を交わした。
でもこの言葉って……建前がどっか行っちゃってるんじゃないでしょーか?
そう言ったら、雅之氏はにやっと笑って
「さて、二人もお帰りの時間だ」
そう話を逸らした。
「亜紀君は今回も、なかなかスリルにあふれた滞在になったね」
スリルあり過ぎだったと思うんですけど?
「でも結局、事件とかって解決したんですか?」
蛇男は逮捕されたって事だったけど、それだけで終わったようにも思えないし。
「難しいところだが、まあ目鼻はついたな」
説明はそれだけだった。
たぶん、まだ教えられないんだろう。そんな感じのトボケ方だった。
だから今はそれ以上、突っ込んだ事は聞かない事にした。
雅之氏は茜のお兄さんだから、いつでも話聞けるだろうし。
「それじゃ、気をつけて帰ってくださいね」
和田さんが手を振ってくれ、雅之氏が機械を操作する。
また落っこちるような感覚がして、あたしは自分のいるべき場所に戻ってきた。
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