平行時空冒険譚:確率都市 〜The Axis Hoppers〜

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第三話:その人の名は(後編)


 カズ君こと横田榮はその日も黒っぽい服装で、相変わらず『周りの人間のココロに優しくない』雰囲気をかもし出していた。

「……これはまた、ずいぶん懐かしい写真だな」
 茜の差し出したコピーを手にして、横田はそう言った。
「今の顔にしたのって、あっちの日本で働くためなんですか?」
 まったくお似合いとしか言えないのだが、横田はC三三七六の日本帝国統合陸軍少佐でもある。日本人としては少々クドい顔だちではあるが、短い黒髪(あちらの軍人としては長いほうだが)によく焼けた肌、170センチ台半ばの鍛え上げた体つきは、軍人の中に良く溶け込んでいた。
「違う。前のボディが壊れたから、今のボディに移っただけだ」

「ヤドカリみたい」

 小声の要らん事言いは、もちろん亜紀だ。
 茜が吹き出しそうになってあわてて口を押さえ、横田がわずかに苦笑した。
「それほど簡単に、引越し出来るわけでもないがね」
「え〜と、それより、ガワのデザイン選んだのってやっぱり、横田さんだったんですか?」

「ガワって……俺は布団かなにかか?」

 横田にまで突っ込まれ、茜がこらえきれずに大笑いし、亜紀がわたわたと手を振った。
「そういう意味じゃなくて、その、ずいぶん変わりましたよね」
「変わったというより、元に戻したという方が適切だな」
「え?」
「この写真に写ってるボディは、平均容姿の標準型外装だ」

 標準外装とはつまり、何もカスタマイズしていない、平均的な外見を持つマシンボディ。
みごとな色の髪は染色していない放熱線維そのもので、要するに何も手を加えていない状態だ。
 そう簡単に説明されて、二人が首をひねった。

「普通、カスタマイズするって聞いたんですけど」
 標準外装のままのボディは、当然だが別の同型ボディと見分けが付かない。間違われる不便さを回避するために、多少なりとも手を加えるのがユーザの常だ。
 しかしこの朴念仁は、
「そのままでも無難な顔だし、いじるのも面倒だったからな」
 と、こうだった。
「実際、困ったことも無かった」
「あの〜、もしかして、おしゃれとか苦手ですか」
「なんでそうなる?」
「いえなんとなく。いつも黒っぽいし」
「これなら、いろいろ考えなくて済むだろう」

 やっぱり、とでも言いたそうな表情が、娘二人の顔に浮かんだ。

「何かおかしいか」
「いえ、別に〜。それで、元に戻したってことは、今のデザインは昔のものってことですか?」
「推定像だから、確実に元通りだと言い切ることも難しいが」
「すいていぞう?」
「遺伝子から推定された、元の姿だ」
「え?……元の、って」

「ああそうか。今でこそハイブリッド種だが、俺も元は普通の人間でな」

 昨日の夕飯の事でも話すような口調で、横田はさらっと言った。
「だから当然、生身の体があった訳だ。推定像というのはその、生身の姿の推定像という意味になる」
「でも、なんで推定って……」
 どう聞いて良いのか判らなくなったのか、亜紀の質問は尻つぼみ気味だ。
「なんで、とは?」
「あの……その体になる前はどんな顔してたかとか、判ったりしなかったんですか?」

「まあ、普通は判るだろうな。
 ただ俺の場合、元の体は廃棄処分されてたから、判らなかった」

 いつもどおりの無愛想を崩さず、ごくあっさりと言ってのけた横田に、亜紀の顔が微妙に引きつっていた。
「はあ……」
「ちなみに最初のボディは、もっと素っ気無かったぞ。それに比べたら、前のボディも十分人間らしいと思ってたんだが」

 そこで溜息をついて首を振るのは、どこか間違っている。

「周りの連中には、不評だったんだ」
 当たり前です、というツッコミを入れる気力すらなさそうに、娘二人が揃って空ろな笑みを浮かべた。
「標準外装以下って、それどんなボディですか」
「戦闘用ロボットボディだ。あからさまに戦闘用だったから、日常生活を送るには全く不向きな代物だった」

 そういう問題ではないだろう、という言葉は、娘たちのどちらからも上がらなかった。

 というよりも、コメントしようも無かったというのが正直なところだろう。
「戦闘用って、横田さん、なにやってたんですか……」
 ようやく声を発したのは、亜紀の方だった。
「別に、俺は何もしていないぞ。ただちょっとした事件に巻き込まれて、有無を言わさず試作品のマシンボディに移されただけで」
「あの、それのどこが『ちょっとした』事件なんですか」
 茜がどこか虚ろにツッコミを入れた。

 どこからどう聞いても、人体実験の材料にされたとしか思えない。
 たしか雅之の話に拠れば、横田は時空犯罪の被害者だ。生身の体を失った事件と言うのも、その犯罪に絡むことだろう。
 そして横田の説明が正しければ、これは本人の意思に反した違法改造に相当する。

「生身がなくなったってそれ、大事件ですよ」
 時空監視局本部のあるペルシルにおいてですら、この手の犯罪は大事件と相場が決まっているのだが
「この商売をやっていると、たまに聞く話だぞ」
 さすがは強制捜査官というべきか、それとも横田だからなのか、横田はこのへんの感覚もずれているようだった。
「まあとにかく、最初の改造で完全に機械化したんだ。ところが入局の直前にも一度、ボディの交換が必要になってな。その時に通常外装の戦闘ボディを選んだら、それになった」
 いかにも機械らしいデザインでは、仕事の上で不便なこともあるからな、と付け加えた横田の言葉に
「とゆーか通常外装の戦闘用って、それ軍用じゃん」
 茜がツッコミとも独り言ともつかないことを呟くと、
「最初のボディも軍用だったぞ」
 と、横田はあっさり言ってのけた。

 つまり、兵器として違法改造されたということだ。
 ますます犯罪である。

「で、どーしてそこでまた軍用選んじゃうんですか」
 最初のボディは選択の余地など無かったようだが、その後は自由意志で通常ボディに移れたはずである。それを指摘したわけだが
「最初に戦闘知性体化されたから、軍用ボディに移されたんだぞ。それなのに通常ボディを使ってどうするんだ。スペックが生かせないだろう」
 この、ある意味において非常に呑気な答を聞いて、茜はもはや、何を言う気力も無くなったようだった。
 その横では
「はあ……でも、外見が標準のままじゃ、不便だったんじゃ」
 と、亜紀は脱力しながらもマイペースを保っていた。
「俺はとにかく、他人は多少不便だったかもしれないな。しかし外装カスタマイズも手間がかかって面倒だから、手を抜いた」
 つまりこれは機能優先、外見後回しという発想だ。

 いつも黒尽くめのズボラ男、面目躍如と言うところだろう。

 そんな面目を保つ必要など、どこにも無いだろうが。
「そこって、手抜きするとこじゃないと思うんですけど……」
「皆そう言うんだな?」
「言って当たり前だと思いますけど」
「判らんなあ。運動性能の確保が最重要課題なんだ、そちらを優先して当然だろうに」
「見た目だって重要ですよ〜」
「人間らしく見えれば十分だ。これだって、違和感はないだろう?」
 横田が指差した旧ボディの画像と現在のボディを見比べて、亜紀が困ったように笑い、茜がため息をついた。
「昔の体にこだわりとか、なかったんですか」

「そんなものに拘っても、意味はない」

 娘二人の戸惑いなど気にもかけずに、横田はきっちりきっぱりと言い切った。
「まあもっとも、せっかく推定像があるんだから外装にもそれを使えと、周りから圧力をかけられてはいたんだ。だから二度目の完全交換が必要になったついでに、外装も変えたと云う訳だな」
 そんなことを言う横田に、二人が呆れたような顔になっていた。
 そこで横田の手元の通信機が、小さい電子音を立てる。
「それより、二人とも観測車両に戻れ。来るぞ」
 脱いでいたヘルメットを取り上げながら横田が指示したのに、亜紀と茜は微妙な表情のままでうなずくと、待機している四駆に駆け戻った。


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