平行時空冒険譚:確率都市 〜The Axis Hoppers〜

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第四話:ゼロ・アワー


 強制捜査官の任務は時によって、思わぬ場所への突入から始まることも有る。

 横田榮がその命令を聞いて考えたのは、今回はサポートが受けにくくなるなと言うことだけだった。
 少なくとも、いつものチーム編成で出動する事はできない。
「それで、観測チーフは誰が?」
 やはり相棒の生還率は気になるのだろう、トーゴがそう問うてきた。
「チャルフティパルだ」
 この任務が終われば、教習生訓練に回される事が決まっている観測官だ。強制捜査官の間では定評のある機械人だが、横田がチャルフティパルの加わる任務に参加するのは始めてだった。
「ああ、あいつですか。あいつなら、安心していいですよ」
「知り合いか?」
 のほほんとしているように見えるから意外に感じるが、トーゴの人脈は案外広い。
「私の同期で、ケネスと並んで慎重派で知られてる奴です」
「ケネス?……ああ、ケネシダル観測官か」
 横田も一度だけ、ケネシダル・チームと仕事をした事がある。危機的な状況下でもきっちりとした仕事をする、任務に関しては全く頑固な男だ。
「それにしても今回の編成、生身の局員がいませんね」

 横田自身も含めた突入部隊は全員、生身の体は持っていない。サポートのチャルフ観測官とそのチームは機械人。
 突入部隊中でも、もっとも装備が薄いカーニー強制捜査官のボディは戦闘タイプではないが、防弾性能くらいは備えている。
 たしかに、生身のメンバーは一人も入っていない。

「これだけ非道い計画であれば、止むを得まい」
 弾道宇宙飛行機でピボットに突っ込み、あちらに出た後は突入部隊は各自、カプセルで射出される。それが今回の行動計画だ。

 予想死亡率は、考えたくも無い。

 だからこそ、今回の件に最初から関わっていた横田・御舘チームは2分割された。
 今回の作戦で横田が死亡してもトーゴが残っていれば、新たなチーム編成を行っても情報の引継ぎに支障はきたさない。そしてここで横田が生還した場合、次の作戦にはトーゴが投入される。
 ハイブリッド戦闘体の横田をまず投入することで死亡率を下げながら、殉職者が出たときの保険も掛ける編成。それに不満は感じない。

「それにしてもまあ、えらく原始的なお話で」
「地上にピボットが無いんだからな」
 気が付いてみれば当然の話なのだが、時間線を移動するときに使うゲート、ピボットはなにも地表にばかり出来るわけではない。しかし高度2万メートルの上空にあるピボットから移動と言うのは、そう有ることでもなかった。
 トーゴに言わせると、ハインラインとか言う作家の書いた空想小説にそっくりらしい。
「あの小説だと、敵は昆虫でしたけどね。それにしても横田さん、高高度降下訓練なんか受けてたんですか」
「この半月、ほとんど毎日降下訓練だった」
 慣れるまでとことん叩き込む。それは軍隊と同じだったし、だからこそ軍人でもある横田には理解しやすい方法だった。
 なぜそんな訓練を受けさせられていたのか、それを理解させようともしないあたりも同じだ。いずれ必要になるから鍛錬しておく。任務は訓練終了と同時にやってくる。
「支局長によろしく伝えておいてくれ。任務が終わったら、たぶん東京経由で帰任する」
「判りました。あ、そうだ。不在の間、単車貸してください」
「構わんが、壊すなよ」
 実際には多分、最高のコンディションで帰ってくるだろう。トーゴは機械のメンテナンスにはうるさい性質だ。
「それは神のみぞ知る、って事で」
 トーゴはにやっと笑い、その場の話はそれで終わった。


 強制捜査官ブリーフィングには、独特の空気がある。
 おそらくそれは、メンバーに退役軍人も少なくない事が影響しているのだろう。

「カプセルで突入か、ぞっとしないね」

 ブリーフィングがわずか15分で終わった後、横田も顔なじみの捜査官がぼやいた。
「サカエは初めてだったね」
「ああ。君は?」
「二度ほどやったよ。気持ちのいいもんじゃなかった」
 空中ピボットから飛び出した後、カプセル射出されるのにはれっきとした理由がある。
 それは皆わかっているのだが、しかし頭で理解していることと現場で感じることは違う。
「ほとんど素っ裸で、敵めがけて落ちるんだから。まあ、今回は任務としては単純でいいけど」
 上空から突入し、敵地下施設を破壊。
 それだけが任務だ。味方爆撃機が先に、地上施設を沈黙させる手はずになっているが、先行部隊が失敗すれば、突入部隊は地上施設からの攻撃を受けることになる。

 これはすでに捜査ではない。A級強制捜査官だけが許可された、破壊行動だった。

「彼女がいるんなら、会ってから行きなよ」
 ごつい機械の腕が、横田の背を乱暴に叩いた。
 これが常人だったら、大怪我必須だ。
「あいにくこの間、墓参りに行ったところでね」
「ああ、悪いことを言っちゃったね」
 軽く咳ばらいをした相手の純粋さに、横田は苦笑した。
「気にするな。それより、君も出かけたほうがいいだろう」
 アニー・ホール強制捜査官には夫と、三つになる子供がいる。
「そうだね。じゃ、明日の朝、0850に会おう」
 軽く手を上げ、ホールは立ち去った。
 横田はと言えば、明日の朝までやることも無い。宿舎(本部勤務期間中は当然、捜査官官舎住まいだった)に戻ってもいいのだが、がらんとした部屋に戻るのも虚しい。
 下手をすれば、今日で娑婆の見納めになるのだが、今回は実感が薄かった。

 そうなると街に出て騒ぐのも、気乗りがしない。

 なんとなく単車を走らせて、街を離れてみることにした。
 本部のあるペルシルも、中心部を離れれば牧歌的な風景が広がっている。猥雑な街を高速で抜け、ふと気がつくといつもの場所で単車を止めていた。
 今は失われた場所に、どことなく似ている風景だ。静かに流れる川のそばで、単車のエンジンを切る。

 静けさが当たりに広がり、どこかで長閑に鳴く鳥の声だけが聞こえてきた。

 単車を降りて、川岸の草むらに寝転がる。
 そのまま眠ってしまったらしい。気がつくと、誰かが横田の顔を覗き込んでいた。
「あ、やっぱり横田さんだ」
「……亜紀君?どうしてここに」

 起き直って改めて見ても、それはやはり知った顔だった。

「今日、お休みなんで、免許持ってる同期の子に運転してもらってドライブに来たんですよ〜」
 東京支局への採用が内定している、木村亜紀だった。
「いや、そうじゃなくてだな。なんでこのペルシル線にいるのか、ということなんだが」
「バイトの研修です」
「……バイト、ね」
 亜紀の口ぶりだと、ファーストフード・ショップの店員と同じようなアルバイトに聞こえる。
 横田が明日出かける先を考えたら、えらい格差のある話だった。
「横田さんこそ、どーしたんですか?なんか、訓練で忙しいって聞いてたんですけど」
「訓練は終わったよ」
「あの〜、こんなこと聞いていいのかどーかわかんないですけど、……また、危ないとこ行くんですか?」
「まあね」

 それ以上は話せないし、話せたところで話す気もなかった。

「いつですか?」
「明日の朝だな」
「そっか……」

 亜紀もそれ以上、聞いては来なかった。



 集合時刻は0850だが、ほとんどの者は0830には顔をそろえていた。
 すでに突入用装備に身を固めている。黒い耐火耐衝プロテクターを身に着け、腰には携帯火器を帯び、頭部にはそれぞれに合わせたヘルメットを装着している。
「サカエ、客が来てるそうだ」
 一通りの点検を終えた横田に、ホン捜査官がそう伝えた。
「客?」
「東京支局の人間らしい」

 らしい、と言うからにはトーゴではないだろう。ホンはトーゴとも面識がある。

「女の子みたいだよ。待たせるなんて無粋だろ?」
 ホンに半分冷やかされ、仲間のからかいの声を背中に受けながら、横田は待機エリアから元来た方向に出て行った。
 ヘルメットだけは途中で外し、小脇に抱える。
 民間機乗降エリアに程近いスタッフ待機ルームに、その客はいた。
「亜紀君か」
 横田の物々しい装備に、亜紀が目を丸くした。
「忙しいのに、ごめんなさい。……あの、どうしても、渡しておきたいものがあったんです」

 そういって亜紀が差し出したのは、白い錦織の御守袋と、小さな人形だった。

「これは?」
 御守袋のほうは理解できるのだが、人形のほうは良くわからない。よほど怪訝そうな顔をしていたのか、亜紀はちょっと困った顔をして
「典子が、あ、あたしの友達なんですけど、幸運のお守りって言って、作ってくれたんです。笑われるかもしれないけど、なんだか渡しておきたかったから……忙しいのに、ごめんなさい」
 勢い良く頭を下げ、肩に触れる程度の断髪が揺れた。
「ああ、いや。ありがとう」

 子供っぽい行為だが、心遣いは温かい。

「じゃあ、これはお借りするとしよう。任務が終わったら、返しに行くよ」
「え?……あ、じゃ、直接返しに来てください。約束、してくれますよね?」

 生きて帰ってくる、という意味は通じたのだろう。亜紀は明るい表情になって小指を出した。

 確かにまだ子供だ。指輪のはまった華奢な小指に、自分の指を絡めながら横田はそう思った。
 ごつい戦闘用グローブのはまった自分の手と比べると、亜紀の手指は小さく、細い。
「さてと、君もそろそろ、朝のコースが始まる時間だぞ」
 時計は0845を指している。監視局研修コースは朝9時スタートだ。
 そう指摘すると、亜紀はちょっと肩をすくめ、おどけたような笑顔になった。
「ぶっちしようかな〜、と思ってるんですけど」
「駄目だ。ちゃんと受けておかないと、アルバイトに差し障るぞ」
「……そーですかぁ?見送りしようかな、とか思ってたんですけど」
「いいから行け」
「はーい」
 亜紀が出て行ったのを確認してから、集合場所に戻る。

 戻ってすぐに、搭乗時間になった。

 戦闘用宇宙軌道機は、トーゴの時間線の軍用飛行機と大して変わらない。
 滑走から加速へ。そして上昇するのは、体で感じ取ることが出来た。
「総員、カプセル搭乗!」
 アニー・ホールの声が響く。
「発射に備え、待機。ピボット離脱後30秒で射出を開始する」
 初めて乗り込む射出カプセルは狭く、モニター画面に表示されるゼロアワーへのカウントダウン表示が目障りだった。
 減っていく数字は二つ並んでいる。一つは時間線転移までの時間で、もう一つはカプセル射出までの時間。
 一つ目の表示がゼロになり、耳障りな警報音が鳴る。
 転移の衝撃は感じない。横田はもう一つの数字をにらみつけながら、長い時間を待ちつづけた。

 わずか70秒が、永遠にも感じられる。

 数字がゼロになった瞬間、横田はシートに押し付けられた。
 爆発的な加速、それから開放。
「5番機、正常機能中」
 横田はそう報告し、迫る地表に視線を据えた。


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