平行時空冒険譚:確率都市 〜The Axis Hoppers〜

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Intermezzo:つなぐ未来(後)

「飼っておいたほうが楽だと判断したらしいな」
 何の感情も篭らない声で断じたのは、ボディの改修を終えたオリジナルだった。
 いや、もうオリジナルと呼ぶのは相応しくないだろう。原始的な機械脳がサポートし続けた生体脳だが、治療の遅れによる損傷は大きかった。

 失われた機能を代替する生来型パーツで大きく補綴されることで、生存が可能になったそれはもはや、『彼』のオリジナルとなった人物ではない。『彼』を元に再構成された『それ』は、存在そのものが変質している。

『妥当な判断だろう。野放しにしたいものじゃない』
「君たちはそれでいいのか!」
 最初から喧嘩腰のジュードに、『彼』は冷ややかに笑った。
『良いも悪いも無い。そいつはボディのメンテナンスという問題があるんだ』
 共に脱出してきたジュードは知っているはずだ。
 それを指摘すると、ジュードだけでなく『それ』も顔をしかめた。
『ジュード、まさかそいつに死ねという気じゃないよな?』

 脱出計画を実施する際に、まさに問題になったのはその点だった。
 あの時間線からの救出および脱出を敢行すれば、『彼』はメンテナンスを受けられなくなる。まだ試作段階で不安定だったボディを使っていた『彼』にとって、それは緩慢な死と同義語だった。

 多数を救うためには犠牲も必要だと、そう主張した一人がジュードだ。国家秘密警察の生体兵器なのだから、身を挺して脱出を支援して当然だ、と言い募ったジュードを、では君も残ってみる?最後に残る要員も必要よ、と皮肉ったのは、今は亡きジーニアだった。
「監視局に尻尾を振ってまで生き残って、恥だと思わないのか!」
 質問に答えず声を張り上げるのは、自分の主張だけを続けたいがためだ。
「君にはプライドってものがないのか!?」

「君のプライドというのは、なんだい?」

 ゆったりした口調で言葉を挟んだのは、それまで黙ってやり取りを見守っていた、立会いの強制捜査官だった。
「負け犬になって生きてくなんて、僕なら真っ平だ」
「負け犬?」
「お情けで生かされてるだけじゃないか。負けるくらいなら、死んだほうがマシだろ」
「子供らしい、素直な意見だね」
 むっとした『彼ら』を手まねで抑え、いきり立つジュードにむかって、強制捜査官はそう言い放った。
 あくまでも、穏やかに。
「子供だと……」
 視線だけでジュードを黙らせた強制捜査官は、同じく同席していたラスに向き直った。
「喧嘩をさせるために、面会を許可したわけではありませんよ」
「申し訳ない。ここまで子供じみた真似をするとは思っていなくて」
「子供子供って」
「いいから君は黙っていなさい」
 品の良い顔立ちをした強制捜査官は、何か喚きかけたジュードを黙らせ

「君たちも、子供の正義感は忘れていい。あれは未来に責任を持たない者の言葉だから」

 と、『彼ら』に向って付け加えた。
『未来への責任?』
「そう。生き延びて、次世代を育てるのも義務だからね。特にこんな小さい文化クラスターでは、一人一人にかかる責任が重くなる」
 生き残ったのは僅か5000人弱。たしかに、小さなクラスターだった。
『俺は子供なんて残せませんが』
「君は情報知性体だろう、君の情報空間を残せばいい。若い世代を育てる形でね」
『強制捜査官だと思っていたけど、まるで文化調整官ですね』
 東洋と西洋の血を引くらしい監視局員は、『彼』のコメントに笑みを浮かべた。
「それが家業のようなものでね、おかげで私も少しは知識があるんだ」
「失礼ですが、ご家業とおっしゃると?」
 興味を抱いたのか、ラスがそう問うた。
「政治がらみの家なんですよ。私は才能が無いので、こうして勤め人をしていますが」
「ご出身はどちらです?」

 唐突な質問にも思えたが、ラスは無駄な事は聞かない。

 強制捜査官もそれを理解した印に、わずかに微笑を大きくした。
「ペルシル線のアーヴィングトン崩落地、豊洲です」
「ああ……それで、生き延びるのも義務、なのですね」
 ラスの言葉は、『彼ら』同様にラスもそれを知っていると教えていた。

 百年以上前に監視局の強制捜査で国土を焼かれ、人口の半分を失った、前機械文明国家。ろくな火器すら持たぬ中でゲリラ戦と外交戦を展開し、殲滅戦さながらの戦いを生き抜いた小国の名。それが豊洲だった。

「死んでしまっては、何も残せませんからね」
「なるほど、興味深いお話です。ところで、あなたが立ち会われたのは偶然ですか」

 経済力も無い弱小クラスターの人間に対して、同じ歴史をたどった者の末裔が顔を合わせる。これには何か意図があるのではないか、という意味の問いだった。

「監視局員としては、偶然ですと申し上げておきます」
 他の意志が働いている、と遠まわしに答えた強制捜査官に、ラスは突然、面白がるような顔になった。
「あなたが強制捜査課にいらっしゃるのも、監視局としては偶然ですか」
「まあ、そんなところですよ」
 おだやかな表情をすこしも変える事の無いまま、強制捜査官はしらばくれてみせ
「もっとも、彼の採用は必然ですが」
 と、話を元に戻す。
『どのあたりが必然ですか。こちらには、もっと良い戦闘ロボットがいると聞いていましたが』
 常々疑問だったことを、『彼』は聞いてみる事にした。
「いるね。それに戦闘員がパワードスーツを着れば間に合うから、ロボットである必要はないのがこちらだよ」
 つまり、戦闘知性体としての『彼ら』を強く求められることはないわけだ。
『それなのに、わざわざ高いロボットボディを用意したわけですか。ただの親切とは思えないのですが』
 『彼』の指摘に、『それ』も同意して頷いていた。
 そんな二人を見比べて、
「君たち、ずいぶんシニカルだねえ。素直に喜んで受け取っておけば良いんだよ」
 強制捜査官は、ごくゆったりした口ぶりで言いきった。

「俺としては、飼っておくため、あわよくば戦死させるため、というくらいの理由しか思い当たりませんが」

 あえて『彼』が言わなかった言葉を、『それ』が自ら口にした。そして
「それも、外れてはいないだろうね」
 と、強制捜査官はその考えを否定しなかった。
 ラスが溜息をつき、首を横に振る。
「あなたはそれをご存知で、平気なのですか」
「監視局の思惑と、私個人の思惑は、異なりますので」
 平然と微笑んだ強制捜査官は、まったく、穏やかそうに見えた。
 中身は曲者だ。なにが『才能が無い』だ、この大狸が。
 感想を音声化する事は無かったが、『彼』はそう思った。
『それで、貴方は俺たちの抹消に賛成しているんですか』

「私は、君たちが『未来に対する義務』を守ると思っているよ」

 生きて伝えろ。それ以上の答は必要ない。
 言葉にしない強い意志を前に、『彼ら』は沈黙した。


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